スプリンクラー火災スプリンクラー設備の加圧送水装置制御盤内から出火した事例について
~消防防災博物館の記事より~
本事例は、消防用設備である、スプリンクラー設備の加圧送水装置制御盤内から出火し、実況見分時にポンプの異常 過熱、回転不能、原因不明の減圧等、消防庁告示、「加圧送水装置の基準」に抵触する現象が複数認められた火災であ ったため、焼損した制御盤の調査のみならず、ポンプ等も分解調査し、出火に至るメカニズムを特定したものである。
1 火災概要
出火年月: 平成21年7月
出火建物: 物品販売店舗(耐火造5/1)
出火箇所: 地下1階のスプリンクラーポンプ室
被害状況: スプリンクラー設備の加圧送水装置制御盤1基(ぼや)
2 現場の状況
出火時は開店前の無人状態で、原因不明の減圧によりスプリンクラー設備(以下「SP」という。)の加圧送水装置が 自動起動し、これに連動した放送設備が火災断定放送を発したため、この放送を聞いた近隣住民が、119番通報したも のである。
消防隊が自動火災報知設備の受信機を確認したところ、地下1階で感知器の発報及びSPポンプの起動を示すランプの 点灯を確認したため、SPポンプ室を確認すると、SP制御盤内部が焼損、ポンプは停止していた。また、ポンプ及び吸水 管に熱感があり、非接触型放射温度計で測定したところ約70℃~100℃に達していた。(写真1~3参照)
写真1 制御盤
写真2 制御盤内部の焼損状況
写真3 ポンプの発熱状況
3 消防法第17条の3の3に関する消防用設備の点検状況
点検を行った消防設備士からは、「直近の点検は、消防法第17条の3の3に基づく機器点検を平成21年5月に実施し、 異常は認められませんでしたが、フート弁の可動状況を点検する際、ワイヤーの切断やフート弁への異物の詰まりを懸 念して、ワイヤーでの点検操作は行わず、定格運転時における送水流量を確認し、流量は確保されていました。」との 口述を得た。
4 実況見分状況
(1)第1回実況見分
主に制御盤及び加圧送水装置の状況について見分を実施。
ア 焼損が強く認められる部品は、サーマルリレー(※1)という部品であり、1次側 のR、S及びT線のうち、S線を除く2線の接続端子が溶融し、サーマルリレーから離脱している。(写真4、5参照)
写真4 破線内がサーマルリレー
写真5 T線の離脱状況
イ ポンプの推定起動時間は、06時00分から06時30分の間で、電力使用量を電力使用 量記録装置で前後の時間と比較すると、この時間のみ電力使用量が突出している。
ウ 各配管からの漏水やSPヘッド等からの放水は認められず、SPの各配管部分の各開 閉弁は指示標識どおりのため、出火時の運転状況は締切運転である。
エ 「加圧送水装置の基準」により、「水温上昇防止用逃がし配管には、ポンプの締 切運転を連続して行った場合において、ポンプ内部の水温が30℃以上上昇しないよう措置すること」(要約)とされて いるため、加圧送水装置の基準に抵触している状態である。
オ 圧力タンクの圧力計の指針は、1MPaを指示している。
カ サーマルリレー1次側の配線用遮断器の定格電流は、225Aである。
キ 加圧送水装置は、(財)日本消防設備安全センターの認定品であり、諸元は表1 のとおりである。
※1 サーマルリレーとは
過電流を検知し過電流信号を送出する装置で、過電流を検知しても直ちに信号を送出するものではなく、過電流値の 大きさや継続時間によって反応時間は異なる。また、内部にはヒーター及びバイメタルが組み込まれ、ジュール熱によ りヒーターが発熱し、その輻射熱でバイメタルが反り接点を閉じるもので、定格電流の105%から反り返りが始まる。 当該サーマルリレーの定格電流値は、電動機の定格電流値にセットするものである。
※2 ユニットⅡ型の加圧送水装置構成機器(図1参照)
ポンプ
電動機
フート弁
圧力計
連成計
呼水装置
制御盤
バルブ類
ポンプ性能試験配管
圧力タンク
水温上昇防止逃がし配管
図1 加圧送水装置 略図
※3 スターデルタとは
電動機は始動時に、定格電流の6~8倍程度電流が流れるため、電磁開閉器を介して始動電流を1/3程度にするための 結線方式。スター回路で始動し、電動機の回転を加速させた後、デルタ回路に移行し定格運転となる。
(2)第2回実況見分
加圧送水装置製造メーカーの技術支援を受けながら、ポンプの過熱状態から考えられる、異常原因の調査を実施。
ア フート弁のワイヤーを引くと、特段の抵抗は無く、可動状況に異常は認められな い。
イ 水温上昇防止逃がし配管を外すと、同配管内及び同配管内のオリフィスに、異常 は認められない。(写真6、7参照)
ウ 「加圧送水装置の基準」により、「ポンプは円滑に回転すること」(要約)とあ り、ポンプ軸を手動にて回転させようと試みるが、回転しない。
エ 圧力タンクの圧力計の指針が0.81MPaを指示。第1回見分時より0.19MPaの減圧を 認める。
写真6 破線内が水温上昇防止逃がし配管
写真7 オリフィス
(3)第3回実況見分
加圧送水装置を分解し、細部の調査を実施。
ア 地下水槽から引き上げたフート弁を確認すると、鉄錆が多量に付着しているが、 フート弁本体に腐食は認められず、吸水面は確保されている。さらに分解すると、大小鉄錆が剥離するが、弁体及び可 動状況に、異常は認められない。(写真8参照)
写真8 分解したフート弁と剥離した鉄錆
イ 圧力タンクの圧力計の指針が0.65MPaを指示し、第2回見分時より0.16MPaの減圧 が認められる。また、圧力スイッチの作動状況をテスターにて確認すると、設定起動圧力で導通が認められるため、異 常は認められない。
ウ 電動機の対地絶縁抵抗及び線間抵抗をテスターにて計測すると、異常は認められ ない。
エ 4段ポンプを分解すると、2段目が羽根車ボスと中間ブシュ(※4)間、4段目は主 軸、羽根車ボス、ケーシング及び中間ブシュ間で固着している。また、2段目、4段目の中間ブシュ内周面と羽根車ボス 外周面には線状痕が認められ、ケーシングには金属粉が付着している。(写真9~11及び図2参照)
写真9 ポンプ内部の構造
写真10 4段目羽根車
写真11 ケーシングの金属粉
図2 ポンプ構造図
※4 中間ブシュとは
羽根車ボスの軸受け筒で、同ボスと中間ブシュのクリアランスは0.2㎜で設計され、ポンプ内の水が膜となり、潤滑 油の役割を果たしている。
オ 後日、加圧送水装置の製造メーカーから、ケーシングに付着していた金属粉を、 エネルギー分散型X線分析装置で成分分析を行ったところ、ポンプで使用されていないFe(鉄)成分が検出されたとの 報告を得る。また、使用不能となった加圧送水装置を交換後、減圧は発生していない。
(3)第4回及び第5回実況見分
収去した制御盤を、加圧送水装置製造メーカー及びサーマルリレー等の製造メーカーの技術支援を受け、焼損したサ ーマルリレー及び同型品を比較しながら見分を実施。
ア サーマルリレーの内部は、3端子及び過電流検知部を隔壁で隔てており、何れの 隔壁もほぼ焼失している。また、R及びT端子内部には銅合金製のヒーターと鉄合金製のバイメタルが溶融している。( 写真12、13参照)
イ 作動原理は、ジュール熱により発熱したヒーターの輻射熱により、バイメタルが 左側に反り、連動した作動板が感知部の接点を押し、信号を送出する。(写真14、15参照)
ウ サーマルリレー、電動機及び配線用遮断器を製造したメーカーの説明では、「ヒ ーターは銅合金製で溶融温度は1,200℃、バイメタルは鉄合金製で溶融温度は1,500℃です。また、サーマルリレーや配 線用遮断器は、過電流を検知しても直ちに反応するものではなく、過電流値の大きさや継続時間により反応時間は変化 します。さらに、SPポンプが固着している状況から、過電流は間違いなく発生しています。」とのことである。
写真12 同型品、写真13 焼損状況
写真14 同型品の内部、写真15 拡大図
5 配線用遮断器の不作動について
配線用遮断器が過電流発生時に不作動であった点について検討する。
(1) 電動機の拘束により発生した電流値について
電動機の特性により拘束時に発生する電流値は、製造メーカーからの提出資料によると、「電動機試験成績表」から 964Aと判明。
(2) 配線用遮断器の遮断特性について
配線用遮断器に過電流が流れた時には、反応時間に最短・最長反応時間のタイムラグがある。
(3) 配線用遮断器に流れた電流値の割合について
配線用遮断器の定格電流は225Aであることから、電動機拘束時には定格電流の428%の電流が流れたことになり、10 秒から50秒の間に電流を遮断する。(図3参照)
(4) サーマルリレーに流れた電流値の割合について
サーマルリレーの定格電流は134Aであることから、電動機拘束時には定格電流の719%の電流が流れたことになる。 (図3参照)
(5) ヒーター断面積を線径に変換して、ヒーターが溶断する電流値を計算したと ころ756Aで溶断し、溶断にかかる時間は約3秒であることが判明。(図3参照)
(6) 後日、配線用遮断器の製造メーカーから、制御盤内に設置されていた同遮断 器に、異常は認められないとの報告を得た。
以上により、配線用遮断器が作動する前に、ヒーターが溶断したものである。
写真12 図3 配線用遮断器の反応時間及びサーマルリレーのヒーター溶断時間
6 出火原因等
ポンプが過熱した原因については、原因不明の減圧により自動起動した加圧送水装置が締切運転であったため、フー ト弁から剥離した鉄錆が、水温上昇防止逃がし配管内のオリフィスを詰まらせたことにより、ポンプ内の流水が滞りポ ンプが過熱するとともに、中間ブシュと羽根車ボスの摺動部分の隙間にも鉄錆が入り込んだ結果、これら金属間同士で 摩擦熱が発生し、加速度的に過熱したものである。
出火原因については、上記の摩擦熱により中間ブシュ及び羽根車ボスが熱膨張を起こし固着したため、動力源である 電動機が拘束され大電流の過電流が発生し、配線用遮断器が作動する前に、サーマルリレー内のヒーターがジュール熱 により溶断。ヒーター及びバイメタルの溶融状況から、溶断先端間において、数千度の高温となるアーク放電が発生し 、同リレーの本体であるフェノール樹脂に着火したものと推定した。
なお、加圧送水装置は消防法施行規則において、「直接操作によってのみ停止されるものであること」と規定されて いるため、過電流が発生し配線用遮断器が作動するまでは、本事例のように火災に至るまで停止しない可能性もありう ることを付け加えておく。
7 終わりに
今回紹介した事例は、スプリンクラー設備での火災事例であるが、締切運転中であれば他の水系消火設備であっても 、鉄錆の詰まりによる同様な現象が発生する可能性はあるが、通常作動による消火時であれば、鉄錆は流水により排出 され、火災に至る状況は発生しないと考える。また、実況見分時に行ったフート弁のワイヤー操作では、特段の抵抗及 び可動状況に異常は認められなかったことから、吸水管を引き上げ目視での点検を行わない限り、ワイヤー操作のみで 、フート弁への鉄錆の付着を予見するのは非常に困難であると考える。
このことから、類似火災防止のため、消防設備点検業者に、フート弁への鉄錆の付着に関する注意喚起が必要である と考える。